父について 生活習慣病の薬ゼロの父が何故、こうなったのか?高齢の父から学ぶ自分の老後

頑丈で丈夫な父が何故、足が不自由になり、寝たきりに介護になったのか?

父は、非常に丈夫で頑丈な人だった。介護施設にいて寝たきりだが、それでも頑丈だと思う。なぜなら、父はいまだに生活習慣病に関する薬を服用していない。今、施設にいて、食生活は栄養士さんが考えた食事メニューを食べているので、今後も生活習慣病に関する薬は、当面必要ないかもしれない。

父は非常に自己管理がストイックだった。お酒は大好きだが、日常的に塩辛いモノは避け、毎日のように数万歩歩いていた。一時的に血圧の薬を服用していた事もあったが、それも数か月だけだった。

更に父は難聴だから話し声が大きい。という事は心肺が通常の人よりも丈夫だという事もあるかもしれない。その為か?風邪、インフルと言った病気にもあまりかかった印象がない。というか、父が病院に行くということ自体が、そもそもない。父が病院に行ったのは数十年前に大腸ガンの時だけだったと思う。

そんな、父が人生の最後の時期をこのような形で迎えたのは非常に残念でならない。私はいまだに、こんなことが無ければ元気に100歳も夢じゃない体だと思っている。

すべては、自転車での転倒事故が原因だった。それを、楽観視して放置した父の責任だと思う。転倒した当時は激しい痛みがあり、それが続いていた。その状態で杖を使い何とか歩いていたが、それが徐々に痛みが消えて無痛、感覚なし、そしてついに自立歩行困難となった。後から思ったのは、コレは虫歯で言えば神経にまで到達した事を意味すると思った。もう、その時には転倒事故から4年以上経過していた。

歩く事が出来なくなった父の移動方法は胡坐をかき手とお尻を使って歩く、「尻ばい」となった。当然、外出する事は出来ない。当時、妹が買ってきたモノを適当に食べていた。風呂は週に数回となった。

痛みを我慢して放置した事で、父はこのような生活になった。私は度々、父に医者に行くことを進めた。また、実際に行った。しかし、足が不自由で難聴の父の移動は非常に大変だった事もあり、父が通院を嫌がった。そういう状況にあっても「大丈夫、すぐ良くなる」、「リハビリすればすぐに良くなる」なんていう事を言っていた時には呆れ果てた。結局は父が悪いという事になる。

父がショートステイ先の施設から現在、入所する施設への見学の際、車の中でボソリと呟いた

「もっと早めにチャンと医者に行っておけばよかった・・」

怒りがこみあげてきたが、怒り怒鳴り散らすのもかわいそうだと思ったから無言を貫いたが、結局はそういう事となる。

歯と健康は失ってから後悔する。

しかし、責任論云々の話はもう終わったと思う。私は常に父から学んでいる。私も年を重ねいつか、子供の世話になるかもしれない時が来る。その時に親としてどうあるべきか?子供にできる限り負担にならないようにするにはどうしたらいいのか?父の介護をしながら自分と老後と向き合っている。いまだにどうするべきかという答えにはたどり着いていないが、一つだけハッキリとしている事がある。それが、「歯と健康は失ってから後悔する」。口で言うのは簡単かもしれない。実践するとなると難しいと思う人もいるかもしれない。しかし、できる事はあると思う。例えば

  • 定期的に歯医者に通い歯の掃除と検診
  • 大腸がん検診を受ける
  • 人間ドックで検査する
  • 日々の体重測定を行い増減をチェックする

こういう事からスタートしてはどうだろうか?我々世代は100歳まで否応なく生きる人も多く出てくると思う。60歳で生活習慣病の薬まみれ、70代で介護されて100歳までという人生を考えてみて欲しい。ゾッとしないだろうか?

父はあと、何年生きるかわからない、明日かもしれない10年後かもしれない。しかし、父は丈夫で頑丈な肉体の持ち主、死にたくても死ねない残酷、それとも、あんな体になってでも生きようとしているのか?命の尊厳とは何だろうか?そういうことまでつい考えてしまう・・・

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