私の父が有料介護施設入所までの時系列別説明
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このページでは生活保護受給者の父が有料介護老人ホームに入所するまでの時系列別説明です。
数年前に自転車に乗っていたところ転倒して腰を強打。痛みに耐えながら日々の生活を送る。当時、生きていた母、同居する妹も何度も病院に行くように説得を試し見るが一向に聞かず、「すぐ直る」、「大丈夫」を繰り返す。
2023年末 母が亡くなるまで父は細々と自営業を営んでいた。収入は、その日暮らしが賄える程度の収入。当然、貯金、財産等は無し。母が亡くなり廃業する。
その当時は、母が亡くなった事で入ってきた県民共済のお金で細々と暮らす。
2024年春頃、買い物先で転んで緊急搬送。ケガは軽傷。それ以降、転倒が多くなり、仕事中にも転倒したから助けて欲しいという連絡入るようになる。
2025年3月 足の不自由な父に代わり私が生活保護の申請を行う。
2024年5月 生活保護の申請が受理される
その頃から更に、転倒が多くなり、掴まり立ちがやっとの状態となる。公団が狭い事もあり、テーブルや壁伝えにどうにかトイレまで行き、排尿、排便する。
春先に一度、介護認定を受ける審査の結果は要支援2。
しかし、夏を控え、今の状態だと父の命の危険もありうると思い危機感を募らす。
その頃に、要支援2+生活保護でも行政の許可の元、有料介護施設入所が認められる例外もある事を知る。
その後、父の介護申請の為の病院、足が少しでも良くなるように病院に行く、有料高齢者施設に生活保護者の入居について実際の話を聞きに行く等の事で休日、有給を30日近く使う。
2025年7月 行政からの許可が下り、有料高齢者施設を探す、夏に差し掛かりできる限り早く施設を探したいと思っていたが、妹と父の介護方針でもめて半ば絶縁状態に
そして、夏になり熱中症の危険もあると思ったのか?妹が勝手に近くの介護老人保健施設(老健)にショートスティ入所させる。妹は仕事をやめて、嫁ぎ先の他県に戻る。
2025年9月頃 老健でも転倒する。また、度々転倒したと連絡が来る。
2025年10月末頃 施設を父が非常に嫌がり、公団に戻りたいと訴える。また、せん妄の症状が見られ、真夜中に電話がかかってくるようになった(最終的には着信拒否)
老健の責任者の人から父がどうしても家に戻りたいという事で、父、老健の担当者、妹、私で父の一人暮らしを支える為の話し合いがもたれる。
私は父の願いを叶えたいと思い、一度は公団に戻る事を許可する。しかし、老健でも転倒する父が公団の一室に戻り一人暮らしは、私、そして妻、家族はもちろん、老健の在宅介護ケアマネージャー、お弁当の宅配の見守り、そして、最終的にはレスキューの対応まで考慮する必要があり、そのことを考えると非常にストレスとなり、不眠、うつ病発症の恐怖を覚える。
2025年11月初め 老健の責任者に連絡して、このままではうつ病の発症もあり得ると話、再び父と話し合いの場を設ける事になる。そこには行政福祉担当者、老健責任者、私、父で話合いとなり、最終的には今いる老健以外ならどこでも良いという事になり、私は再度、生活保護で入居可能な有料高齢者施設を探す。
2025年11月中旬 生活保護で入居可能な有料施設が見つかり契約する
2025年12月末 父の言動がおかしいと老健より連絡があり。また、尿の出が悪く前立腺肥大の為、尿管に管が入る
2026年1月初め 急性硬膜下血腫の為に緊急入院
2026年1月末 退院即有料高齢者施設入所
